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シマザキ タイチ
SHIMAZAKI Taichi 嶋﨑 太一 所属 広島修道大学 健康科学部 職種 助教 |
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| 言語種別 | 日本語 |
| 発行・発表の年月 | 2026/03 |
| 形態種別 | 学術論文 |
| 査読 | 査読有り |
| 標題 | ニュートン『プリンキピア』「一般的注解」における人間の同一性 |
| 執筆形態 | 単著 |
| 掲載誌名 | 健康科学研究 |
| 掲載区分 | 国内 |
| 出版社・発行元 | ぷらくしす |
| 巻・号・頁 | 27,30-42頁 |
| 頁数 | 13 |
| 概要 | ニュートン『プリンキピア』「一般的注解」の「すべて人間は、感覚[sentio]をもつものである限り、その全人生を通して、そのあらゆる感性の器官[sensus organa]において、また各々の感性の器官において、一にして同一の人間である」という一節の意味を明らかにすることが本稿の課題である。本稿の考察を通して明らかになったことは次の通りである。すなわち、神がその本性において、諸部分をもたず永遠な存在であるがゆえに一にして同一であるのに対し、人間は感覚器官に即してのみ同一な存在者である。したがって人間は、むしろ神とは全く異なる存在様式において同一性をもつのである。ニュートンは、『往復書簡』におけるライプニッツからの論難を受け、神に対して人間的な感覚器官を帰すような思想を持つものではないことを改めて確認するために、「感覚器官」における人間の同一性と、永遠にして遍在的な本性としての神の同一性とを対比的に強調したのである。 |