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フルカワ ヒロアキ
FURUKAWA Hiroaki 古川 裕朗 所属 広島修道大学 商学部 職種 教授 |
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| 言語種別 | 日本語 |
| 発行・発表の年月 | 2025/09 |
| 形態種別 | 学術論文 |
| 標題 | カント『判断力批判』「序論」第IV節と第V節の読解 |
| 執筆形態 | 単著 |
| 掲載誌名 | 広島修大論集 |
| 掲載区分 | 国内 |
| 出版社・発行元 | 広島修道大学 |
| 巻・号・頁 | 66(1) |
| 著者・共著者 | 古川裕朗 |
| 概要 | 本稿はカント『判断力批判』の「序論」を読解し,「自然の合目的性」をめぐる複雑難解な議論を少しでも明快な理解へともたらすためにカントの叙述を整理・補足・再構成することを目的とする。具体的に取り扱うのは序論の第Ⅳ節と第Ⅴ節である。この2つの節を丹念に読解することは,後の第Ⅵ節と第Ⅶ節で論じられる「自然の合目的性」と「快」の結びつきを理解する上での重要な準備作業となる。一般的傾向の一つとして,趣味判断における「調和の感情」を「快の感情」と同一視し,それを活性化された認識諸力についての「内官」における「自己感受」の「快」として理解する立場が存在する。しかし,この考えはカントにおいて明確に否定される。この立場に欠けているのは「自然の合目的性」という判断力の原理に対する視点である。P・ガイヤーによれば,快の生起を語るには,「序論」第Ⅵ節の「あらゆる目論見の達成は快の感情と結合している」という叙述との関係を無視することはできない。そこで本稿は,趣味判断の「快」を序論における「快」の一般論との連関において理解するという将来的な課題を見据えつつ,その準備段階として序論の第Ⅳ節と第Ⅴ節の読解を試みる。 |